こんな経験はありませんか?
- 周りの子と比べて、焦ってしまう
- 塾や習い事を、増やしたくなる
- 成績を見て、つい口を出してしまう
- 「このままで大丈夫だろうか」と、不安が消えない
- 自分の育て方が間違っていたのでは、と思う
- 子どもの将来を思うと、休んでいる場合ではない気がする
- 教育にかけられるお金と時間が気になる
- 子どものためを思って言っているのに、反発される
焦りは、愛情の裏返しでもあります。だからこそ、強い不安になります。アドラー心理学は、この焦りをどう見るのでしょうか。
アドラーはどう見た?
アドラーは、教育の目的を、子どもを従わせることではなく、自立と共同体感覚を育てることだと考えました。子どもは親の所有物ではなく、別の人生を歩む一人の人です。
教育は「横の関係」で行う
見下ろして導くのではなく、対等な協力者として関わります。上から引っ張るのではなく、横から支えるイメージです。
→ 詳しくは縦の関係と横の関係
子は自分の行動を自分で決められる
アドラーは、人間は自分の行動を自分で決められると考えました。これは子どもも同じです。
→ 詳しくは自己決定論とは?
なぜそうなるのか?
期待が不安を生む
「こうなってほしい」という期待は、「そうならなかったらどうしよう」という不安と表裏一体です。期待が大きいほど、焦りも大きくなります。
→ 詳しくは他人に期待してしまう
比較が焦りに火をつける
比較には終わりがありません。誰かと比べるたびに、基準が動きます。
- できる子と比べる → 焦る
- できていない子と比べる → 安心する
外の基準に揺れるかぎり、落ち着くことはありません。
→ 詳しくは他人と比較してしまう
子の課題を、代わりに背負う
教育の結果を、親が自分の責任として抱え込むと、焦りは倍増します。ある行動の結末を最終的に引き受けるのは誰か。これを課題の分離で確かめます。
- 親の課題 → 学べる環境を整える、生活を支える、願いを伝える
- 子の課題 → 何をどれだけ学ぶか、どう努力するかを選ぶ
親は手を貸せますが、代わりに学ぶことはできません。
「今」より「未来」に意識が向きすぎる
目的論は未来を見る考え方ですが、行きすぎると、今できていることに目が向かなくなります。
どう付き合えばいい?
1. 何を大切にしたいかを確かめる
目の前の不安から一度離れ、自分が本当に願っていることを言葉にします。
- 幸せに生きてほしいのか
- 自立してほしいのか
- 何かを成し遂げてほしいのか
願いがはっきりすると、焦りに振り回されにくくなります。
2. 課題を分けて考える
「これは誰の課題か」を問う習慣を持ちます。
- 環境を整えるのは親の課題
- 取り組むかどうかは子の課題
手を貸しつつ、決める力は子に残します。
3. 比較の軸を手放す
「あの子より」ではなく、「この子の、この前より」に切り替えます。比較の基準を、外から本人の中へ戻します。
4. 過程に注目する
結果だけでなく、努力や工夫を認めます。これは勇気づけの基本です。
- 「最後まで考えたね」
- 「前より自分で決められたね」
5. 親自身の人生も大切にする
親が自分の人生を後回しにすると、その分の期待が子どもに集まります。親が自分を生きることは、子への間接的な勇気づけでもあります。
6. 子に決める余白を残す
失敗も含めて経験させます。先回りして全て決めると、選ぶ力は育ちません。
よくある誤解
「教育に無関心でいい」ではない
課題を分けることは、放任とは違います。親は環境を整え、願いを伝え、困ったときに支えます。
「子どものため」は正解ではない
「子どものため」という言葉は、ときに親の不安を正当化します。本当に子どもの課題か、一度立ち止まって確かめたいところです。
「焦りを消さなければ」でもない
焦りを感じること自体は自然です。大切なのは、焦りに任せて子の課題に踏み込まないことです。
