「和」と「同」の違い
孔子は、君子と小人を、人との関わり方で描き分けました。
君子は和して同ぜず。小人は同じて和せず。(子路第十三・23章)
君子は打ち解け合うが、むやみに同じようにはならない。小人は同じようにはなるが、本当には打ち解けない。
「和」は、違いを保ったまま調和すること。「同」は、違いを消して一つに合わせること。孔子は、この二つを明確に分けました。
周して比せず
同じ考え方は、別の言葉でも語られます。
君子は周して比せず。小人は比して周せず。(為政第二・14章)
君子は広く付き合うが、徒党を組まない。小人は徒党を組むが、広くは付き合えない。派閥を作って固まることは、調和ではなく、閉じた「同」です。
なぜ「同じる」のがいけないか
合わせることの何が問題なのか。それは、自分を失い、相手のためにもならないからです。
何も言わずに合わせる関係は、一見なめらかです。しかしその裏で、本当の考えは言えず、問題は隠れます。やがて、どこかでほころびます。
孔子は、意見が違いながらも、互いを敬って共にいることを重んじました。違いは、壊すものではなく、生かすものです。
和は礼から生まれる
和は、ただ仲よくすることではありません。礼によって支えられます。
礼の用は、和を貴しと為す。(学而第一・12章)
礼の働きは、調和を大切にすることにある。形があるからこそ、違いを抱えても、気持ちよく共にいられる。和は、礼という土台の上に成り立ちます。
誤解しやすい点
- 対立せよという誤解:和は目指すべきものです。同にならずに和するのが君子です
- 自己主張せよという誤解:大切なのは我を通すことではなく、自分を保ちつつ調和することです
- 仲よくすることという誤解:表面のなめらかさではなく、違いを認めることが和です
日常でどう使うか
職場や家庭で、合わせるばかりになっていないかを振り返る。反対意見でも、敬意をもって伝えてみる。場の空気に流されそうなとき、自分はどう思うかを確かめる。
和して同ぜずは、自分を失わずに人とつながる、大人の人間関係の指針です。
