「君子」の意味を変えた
君子という言葉は、もともと「君主の子」、つまり身分の高い人を指しました。生まれつきの地位を表す言葉だったのです。
孔子は、この言葉の意味を変えました。身分ではなく、徳を備えた人を君子と呼んだのです。逆に、心の狭い人は、身分にかかわらず小人と呼ばれました。
君子は、生まれではなく、学びと修養によって誰でも目指せる。ここに孔子の思想の核心があります。
義と利
君子と小人の違いは、何を重んじるかに現れます。
君子は義に喩り、小人は利に喩る。(里仁第四・16章)
君子は正しさを重んじ、小人は損得を重んじる。目先の得より、行いの正しさを選ぶ。それが君子です。
和して同ぜず
人との関係でも、違いが出ます。
君子は和して同ぜず。小人は同じて和せず。(子路第十三・23章)
君子は打ち解け合うが、むやみに合わせない。小人は合わせるが、本当には打ち解けない。調和と、主体性。君子は両方を持ちます。
内側を磨く
君子は、人からどう見られるかより、自分がどうであるかを気にします。
君子は坦蕩蕩たり。小人は長戚戚たり。(述而第七・36章)
君子はゆったりとしている。小人はくよくよとしている。外の評価ではなく、内側が整っているからです。
だから君子は、自分の置かれた場所でできることをします。人のせいにしません。足りない立場でも、そこで最善を尽くします。
三つの戒め
孔子は、年齢に応じた戒めも説いています。
君子に三戒あり。少きときは、血気未だ定まらず、戒むること色にあり。其の壮なるに及びては、血気方に剛なり、戒むること闘にあり。其の老ゆるに及びては、血気既に衰ふ、戒むること得にあり。(季氏第十六・7章)
若いときは欲に、壮年は争いに、老いてはむさぼりに。年ごとに陥りやすい罠があるから、そこを慎めというのです。
誤解しやすい点
- えらい人という誤解:君子は地位ではなく人格です。貧しくても君子はありえます
- 完璧な人という誤解:君子も間違えます。ただ、過ちを改めることを重んじます
- 優等生という誤解:孔子は融通のきかない人ではなく、状況に応じてふるまう人を君子としました
日常でどう使うか
君子を目指すのは、人格者になるという大それた話ではありません。
今日、目先の損得より正しさを選ぶ。人が集まるとき、合わせすぎず、しかし打ち解ける。振り返るとき、人ではなく自分を見る。
こうした小さな選択の積み重ねが、君子への道です。孔子は、誰にでも開かれた道として、君子を語りました。