『個人心理学講義』とは
The Practice and Theory of Individual Psychology は、1920年に刊行されたアドラーの論集です。
日本語では『個人心理学講義』という書名で知られています。理論と実践の両面から個人心理学をまとめた、初期から中期の中心的な著作の一つです。
体系的な入門書というより、講義や論文を集めた性格を持ちます。そのぶん、理論の全体像を横断的に眺めるのに向いています。
書名と成立の背景
アドラーは、フロイトのサークルを離れた後、自らの立場を「個人心理学」と名づけました。
- 原題:The Practice and Theory of Individual Psychology
- 刊行:1920年(英語版は後に刊行)
- 位置づけ:理論と方法をまとめた論集
英語版の刊行年は版によって幅があり、1924年・1927年など複数の年が知られています。手に取る版によって構成が異なる場合があります。
→ 著作全体の位置づけはアドラーの代表的な著作で整理しています。
個人心理学の理論
器官劣等性と補償
アドラーは、身体的な弱さや器官の違いが出発点になることを重視しました。これを器官劣等性と呼びます。
- ある器官が弱いと、それを補おうとする動きが生じる
- 補償は、身体にも精神にも現れる
欠点を欠点のまま終わらせず、別の形で補おうとする力に注目した点が、アドラー独自の視点です。
→ 詳しくは劣等感と補償
劣等感と優越への志向
器官劣等性の議論は、やがて劣等感という一般的な概念へ広がります。
誰もが何らかの劣等感を持ち、それを補おうとします。その行き先が「優越への志向」です。
- 劣等感は自然な感情であり、成長の原動力になりうる
- 向かう先を誤ると、優越を誇示する方向に傾く
本書は、この力が健全に働く条件を問い続けます。
→ 詳しくは劣等感とは
目的論と全体論
個人心理学の理論的な柱が、目的論と全体論です。
目的論では、行動は過去の原因ではなく未来の目的から理解されます。全体論では、心と体、理性と感情を切り離さず、一人の人間として捉えます。
- 原因ではなく目的を見る
- 部分ではなく全体を見る
この二つの視点が、本書の議論の土台になっています。
→ 詳しくは目的論とは
ライフスタイルと私的論理
人は早い時期に、世界と自分の関わり方の型を作ります。これがライフスタイルです。
その型を内側から支えるのが、その人固有の私的論理です。本人にとっては筋が通っていても、他者から見ると独特な場合があります。
→ 詳しくはライフスタイルとは
神経症の理解
本書の重要なテーマの一つが、神経症の理解です。
アドラーは、神経症を単なる病気としてではなく、その人の生き方の表れとして捉えようとしました。
- 症状には、その人なりの目的が関わっている
- 症状は、課題から距離を取るための手段になりうる
この見方は、初期の The Neurotic Constitution(1912)の問題意識を引き継いでいます。症状を「なくす」ことだけでなく、その人がどう生きようとしているかに目を向ける姿勢です。
方法と実践
書名にあるとおり、本書は実践にも紙幅を割きます。
- 面接や観察を通して、その人の生活様式を理解する
- 誕生順位や幼少期の記憶を手がかりにする
- 症状の背後にある目的を一緒に探る
アドラーの関心は、診断よりも、その人が課題に立ち向かえるようになることでした。ここに、後に「勇気づけ」と呼ばれる関わり方の原型が見られます。
→ 詳しくは勇気づけとは
本書の位置づけ
本書は、後の主著と比べると専門的で、難度は高めです。
- 理論の原典を直接確かめたい人に向く
- 初めて読む場合は、後年の概説書のほうが取り組みやすい
- 主著を読んだ後の二周目としても有用
まず What Life Should Mean to You(1931)で全体像をつかみ、その後で本書にあたると理解が安定します。
→ 詳しくは『人生の意味の心理学』とは
難しさと読み方
論集であることを踏まえる
章ごとに主題が異なるため、通読よりも、関心のあるテーマから拾い読みする読み方も有効です。
訳語の揺れに注意する
「器官劣等性」「共同体感覚」などの訳語は、翻訳や版によって表現が異なります。気になる語は、別の訳や解説と照らし合わせると理解が定まります。
よくある誤解
「個人」心理学は個人主義の意味か
「個人」は、人間を分割できない全体として捉える、という意味合いを含みます。利己主義を勧めるものではありません。
症状を無理に変える本か
症状を押さえつけるのではなく、その人の生き方の目的を理解することに重きが置かれています。
