こんな経験はありませんか?
- 失敗して、自信をなくしている
- 計画が崩れ、自分には無理だと思えてきた
- 一度のミスで、すべてを否定された気がする
挫折の痛みは、理屈では消えません。まず、松陰も同じだったことを思い出してください。
松陰は失敗だらけだった
松陰の生涯は、失敗の連続でした。
- 東北へ向かう途中、手形を持たずに脱藩し、士籍を失った
- 黒船への密航を企てて拒否され、自首して投獄された
- 老中暗殺を計画するも、藩も同志も動かず、孤立した
- 最後は、自らの計画を明かして処刑された
成功談として語られる松下村塾も、松陰の晩年、投獄と謹慎の合間にあってのものでした。失敗がなかった人として松陰を見ると、その言葉の重みを見誤ります。
「計画は違えど、志は堅し」
松陰が挫折とどう向き合ったかを示す言葉があります。
計愈々違ひて志愈々堅し。天の我れを試むる、我れ亦何をか憂へん。
「計画はたびたび食い違ったが、志はますます固くなった。天が私に試練を与えているのだから、嘆くことはない」。松陰は、挫折を志を鍛える機会として受け止めていました。
ここで重要なのは、失敗しても志そのものは失敗ではないという区別です。計画は間違ってもよい。しかし、なぜ生きるかという志まで諦める必要はない。この切り分けが、立ち直りの土台になります。
失敗で人を否定しない
松陰は、失敗を人そのものの価値と結びつけませんでした。
罪は事にあり人にあらず、一事の罪何ぞ遽に全人の用を廃することを得んや。
「罪は出来事にあるので、人にあるのではない。一度の失敗で、その人全体を否定してよいはずがない」。これは他人に向けた言葉ですが、自分自身にも同じように向けられます。失敗した自分を、人格ごと否定しないこと。
挫折した時こそ、続ける
松陰は「狂者」、つまり志は高いのに行動が追いつかない人を重んじました。完璧でないからと自分を責めすぎる必要はない、という考えです。
そのうえで、松陰が繰り返し説いたのが続けることでした。
一月にして能くせずんば、則ち両月にして之れを為さん。……之れを為して成らずんば、輟めざるなり。 — 『丁巳幽室文稿』「諸生に示す」
一か月でできなければ二か月、二か月でできなければ百日。できないからといって投げ出さない。また、学びの最大の禁物を「作輟(やったりやらなかったりすること)」としています。
立ち直りは、劇的な復活ではありません。細くても続けること、その積み重ねです。
どう立ち直るか
松陰の姿勢を、手順として整理するとこうなります。
- 失敗した事実は事実として受け止める(事と人を分ける)
- 計画を修正する。ただし志は手放さない
- 小さくても、もう一度動き出す
- 続ける。できなければ期間を延ばすだけ
