こんな経験はありませんか?
- 新しいことを始めたいが、失敗が怖くて一歩が出ない
- 周りにどう思われるか気になって、動けない
- 年齢や環境を言い訳にして、挑戦を先延ばしにしている
勇気が出ないのは、弱さではありません。誰にでもある感情です。問題は、その恐怖とどう付き合うかです。
松陰も失敗だらけだった
松陰は、成功続きの英雄ではありませんでした。むしろ、失敗の多い人でした。
- 東北へ向かう途中、手形を持たずに脱藩し、士籍を失った
- 黒船への密航を企てて拒否され、自首して投獄された
- 老中暗殺を計画するも、藩も同志も動かず、孤立した
それでも松陰の志は、失敗によって砕けませんでした。
計愈々違ひて志愈々堅し。天の我れを試むる、我れ亦何をか憂へん。
「計画はたびたび食い違ったが、志はますます固くなった。天が私に試練を与えているのだから、嘆くことはない」。困難を、志を鍛える機会として受け止めています。
恐怖は「損得」から生まれる
松陰の勇気の源は、自分のためではなく志のために動くことでした。何かを失うのが怖いのは、それが自分の損得に関わるからです。しかし、国のため・後に残すべき志のためなら、自分の損得は小さくなります。
死して不朽の見込みあらばいつでも死ぬべし。生きて大業の見込みあらばいつでも生くべし。
死さえも、志が果たせるかどうかで判断する。ここまで覚悟が定まると、目の前の失敗への恐怖は、相対的に小さくなっていきます。
完璧でなくても、動く人を重んじる
松陰は、『孟子』の「狂」という考え方を重んじました。「狂者」とは、志は高いのに行動が追いつかない人のこと。孔子は、中庸の人物に次いで、こうした狂狷の人を評価しました。
松陰は乱世においては、完璧な人より、志を持って動こうとする人が必要だと考えたのです。だから、行動が伴わない自分を責めすぎる必要はありません。大切なのは、志を持ち続け、一歩を踏み出すことです。
どう踏み出すか
松陰のやり方は、順序がはっきりしていました。
- まず現実を知る(松陰は海外の実情を知ろうとした)
- 知ったうえで、小さくても行動に移す
- 挫折しても、諦めずに続ける
一月にして能くせずんば、則ち両月にして之れを為さん。……之れを為して成らずんば、輟めざるなり。 — 『丁巳幽室文稿』「諸生に示す」
一か月でできなければ二か月、二か月でできなければ百日。できないからといって、投げ出さない。挑戦は、一度きりの勝負ではなく、続けることの中にあります。
