こんな経験はありませんか?
- 後輩に教えても、なかなか伸びない
- 任せたいけれど、見ていると手を出したくなる
- 失敗するのが分かっていると、先回りして口を出してしまう
松陰は、わずか2年半あまりの間に、身分の異なる多くの若者を育て、のちに維新を担う人材を送り出しました。その教育には、現代にも通じる考え方があります。
「教える」より「ともに学ぶ」
松下村塾には、入塾を希望する者に松陰が「教えることはできません。ともに学びましょう」と応じた、という逸話が伝わります。
これは、上から教え込むのではなく、同じ目線で学び合うという姿勢を示しています。松陰は塾生を「門下生」であると同時に「友人」として扱いました。教える側と教えられる側を分けない。だから、相手は自分で考えるようになります。
一人ひとりの長所を見る
松陰は、相手の身分や短所ではなく、長所と可能性を見ました。それを裏づける言葉が『福堂策』にあります。
人賢愚ありと雖も、各々一、二の才能なきはなし……人物を棄遺せざるの要術、是れより外復たあることなし。
「どんな人にも一つや二つの才能がある。人を見捨てないことこそ、人を活かす方法だ」。松下村塾に武士だけでなく町民や農民の子弟を受け入れ、吉田稔麿のように身分の低い門下生も育てたのは、この確信からでした。
また、失敗しても人そのものを否定しない、という考え方も持っていました。
罪は事にあり人にあらず、一事の罪何ぞ遽に全人の用を廃することを得んや。
「罪は出来事にあるので、人にあるのではない」。一度の失敗で、その人全体を否定しない。これは、育てる側の基本姿勢です。
志を立てさせる
松陰の教育の中心は、知識を詰め込むことではなく、本人が志を立てることでした。志さえ立てば、人は自分から学び始める。だから松陰は、教え込むより、一人ひとりの関心を引き出し、目的を持たせることを重んじました。
自立を待つ
松陰は、相手を急かしませんでした。『講孟余話』には「養」の一字を最も深く味わうべきだ、とあります。涵育薫陶——ひたすように育て、香をしみ込ませ、土器を焼き固めるように、時間をかけて自立を待つ。教える側に必要なのは、待つ力です。
一月にして能くせずんば、則ち両月にして之れを為さん。……之れを為して成らずんば、輟めざるなり。
相手にも自分にも、月日をかけてよい。できないことを責めず、続けることを支える。それが松陰の育て方でした。
