福沢諭吉は、教育者として、そして9人の子の親として、家庭教育を誰よりも重んじました。その中心にあるのが、この言葉です。
一家は習慣の学校なり、父母は習慣の教師なり。
学校が知識を教えるのに対し、家庭は習慣を教える。そしてその習慣は、知識よりも深く、人の一生を左右する。だから家庭こそ、最初で最強の学校だ、というわけです。
親の言行が、子の手本になる
『家庭習慣の教えを論ず』で、福沢は親の振る舞いを厳しく見つめます。彼が挙げるのは、次のような例です。
- 子が服を汚したとき、面倒や損害に腹を立てて叱りつける親
- 子が柱にぶつかって泣いたとき、柱のせいにして慰める親
どちらも、親に深い考えがあるわけではありません。しかし福沢は言います。父母のすることなすことは、善きも悪しきも、一々子供の手本となり教えとなる、と。
前者は「怒りに任せる手本」、後者は「誤りを他人のせいにする手本」になる。教育は、言葉でするものだけではないのです。
気分で叱らない
福沢は、親が機嫌次第で叱ったり褒めたりすることも戒めます。同じことをしても、親の気分が良ければ褒められ、悪ければ叱られる。これでは、子は何が良いことなのか学べません。
大事なのは、父母の言行が清く正しいこと。それがあれば、家庭は自然と円満になる。福沢は、叱るより先に、親自身の暮らしぶりを見直すことを求めました。
父母の権力は同一である
家庭教育の記事で外せないのが、父母同権の主張です。福沢は「父厳母慈」という当時の理想を、男尊女卑から生まれた悪い習慣だと退けました。
- 子どもに対する父母の権力は、同じでなければならない
- 母だけが子の機嫌をとる、父だけが威張る、という家は良くない
- 父母がともに対等に、慈しみ、また戒める
家庭の中の平等は、子どもが社会に出てからの対人関係の土台になります。ここで女性論と家庭教育論がつながります。
「文明の家庭は親友の集合」
晩年の随筆には、こんな趣旨の一節があります。文明の家庭とは、親友が集まったようなものだ、と。父母が言葉を交わし、笑い、ともに働き、ともに遊ぶ。上下の威圧ではなく、対等な人間どうしの集まりとしての家庭。これが福沢の理想でした。
現代の子育てに引きつけると
- 叱り方を変えるより、自分の振る舞いを見直す
- 気分ではなく、一貫した基準で接する
- 夫婦が対等に、役割を分け合う
- 家庭を、勉強の場ではなく「習慣の学校」と捉える
