二人の関係
アルフレッド・アドラーは、1902年ごろからフロイトの研究会に参加しました。当時は精神分析の黎明期で、アドラーはその初期メンバーの一人でした。
しかし1911年、アドラーはフロイトのグループを離れます。その後、自らの立場を個人心理学と名づけました。二人は、同じ出発点から人間の見方をめぐって分かれていったのです。
最大の違い:原因論と目的論
違いを一言で表すなら、因果の向きです。
- フロイト → 原因論。過去の経験や抑圧が現在を決める
- アドラー → 目的論。現在の目的が行動を方向づける
フロイトは、症状の背後に過去の原因を探しました。アドラーは、その行動が何を達成しようとしているかを見ました。
→ 詳しくは目的論とは
たとえば引きこもりを、フロイトは過去の葛藤の帰結として読みます。アドラーは、対人関係から距離を取るという現在の目的に役立つ行動として読みます。
無意識と性の位置づけ
無意識
フロイトにとって無意識は、抑圧された欲望の貯蔵庫でした。アドラーも無意識の働きは認めますが、それを目的に沿って働くものとして見ます。
- フロイト → 意識の下に押し込められたもの
- アドラー → 本人が自覚していないが、目的に奉仕する志向
性の扱い
フロイトは、リビドー(性的エネルギー)を人間の根本動力としました。アドラーはこれを退け、優越を求める努力と社会感覚を根本に置きました。
アドラーは「劣等コンプレックス」という語を精神分析に導入しつつも、その源泉を性ではなく劣等感と補償に見ました。
人間を部分で見るか、全体で見るか
フロイトは心をエス・自我・超自我という構造に分けて考えました。アドラーはこれを要素に分解する見方として批判し、人間は分割できない全体だと考えました。
- フロイト → 心的装置の力学
- アドラー → 分割できない統一体としての個人
この全体論は、アドラー心理学の柱の一つです。
→ 詳しくは全体論とは
劣等感のとらえ方
ここも対照的です。
- フロイト → 劣等感は病理、神経症の一因
- アドラー → 劣等感は誰にでもある自然な感情、成長の原動力
アドラーは、劣等感そのものを否定しませんでした。問題は、それを補償の方向にどう使うかだと見ました。
→ 詳しくは劣等感とは
夢の理論
夢の解釈でも、二人は分かれます。
- フロイト → 夢は抑圧された願望の偽装された充足
- アドラー → 夢は生活様式と目的を映し、問題への態度を準備する
フロイトが夢の隠された内容を解読しようとしたのに対し、アドラーは夢がその人の生き方をどう表しているかを見ました。
一致している点
違いばかりではありません。土台を共有する部分もあります。
- 人間の行動を表面からだけでは捉えない
- 幼少期の経験が性格に影響することを重視する
- 症状には意味があると考える
- 人間を動機づけられた存在として見る
二人とも、心を機械的にではなく意味の体系として見ようとしました。そのうえで、意味の源泉をどこに置くかで分かれたのです。
歴史的な決別
1911年、アドラーはウィーン精神分析協会を離れました。原因は単なる性格の衝突ではなく、理論の根本をめぐる対立です。
アドラーは、性の理論と原因論を中心に据える立場に賛同できませんでした。その後、彼は個人心理学を体系化し、教育や予防の場面へと活動を広げました。
