『学問のすゝめ』は、福沢諭吉が1872年(明治5年)から1876年(明治9年)にかけて、初編から十七編まで順に刊行したシリーズです。一冊の本として最初から最後まで書かれたものではありません。
初編は、故郷・中津に学校を開くにあたって、学問の趣意を同郷の後輩たちに示したものです。これが評判を呼び、続きが書かれていきました。全体で300万部以上が売れたともいわれ、当時の人口からすれば驚異的な部数です。
初編 ― 「天は人の上に人を造らず」
初編の冒頭が、あの有名な一文です。
「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らず」と言えり。
人は生まれながらにして貴賤・貧富の別はない。しかし現実には、賢い人と愚かな人、貧しい人と豊かな人がいる。その違いは何か——福沢は「学ぶか学ばないか」だと言います。身分でも血筋でもなく、学問によって人の位置は変わる。封建制のただ中で書かれた、この宣言が初編です。
二編 ― 平等とは権利の平等
続く二編は、平等の意味を詳しくします。ここが誤解されやすいところです。
福沢が言う平等は、結果や実力の平等ではありません。貧富の差、強弱の差は現実にある。しかし、生命・財産・名誉といった基本の権利において、人はみな同じである。この「権利の平等」を、当時まだ一般になかった言葉で説明しています。
三編 ― 一身独立して一国独立する
三編の中心は「一身独立して一国独立する」です。一人ひとりが独立しなければ、国も独立できない。
福沢はここで、独立の気力のない者の姿をこう描きます。
独立の気力なき者は必ず人に依頼す、人に依頼する者は必ず人を恐る、人を恐るる者は必ず人に諂(へつら)うものなり。
依存は、恐れを生み、恐れはへつらいを生む。だからこそ、まず自分が学び、一身を立てることが、国を支えることにつながる。これが『学問のすゝめ』全体を貫く骨格です。
実学のすすめ
福沢が勧める学問は、古文を暗記したり、和歌を作ったりすることではありません。
学問の要は活用にあるのみ。活用なき学問は無学に等し。
役に立つ学問——福沢はこれを「実学」と呼びました。数・理・経済・法律といった、身を立て、世の中を動かすための学問です。ここも詳しくは別の記事で扱います。
全体の流れ
十七編の議論は、おおよそ次のように広がっていきます。
- 初編〜三編:学問のすすめ、平等、一身独立して一国独立
- 四編〜六編:学者の職分、国法の尊さ
- 七編以降:言論の自由、人間交際、男女の平等、学者の責任など
一つのテーマを深めながら、学問・平等・国家・社会へと視野を広げていく構成になっています。
よくある誤解
- 「学歴信仰の本」ではない:福沢が言うのは、学校の成績や学位ではなく、実際に役立てられる学問です。
- 「きれいごと」ではない:理想論ではなく、国が飲み込まれそうな時代に、どう生き残るかという切実な問いから書かれています。
- 「若者向け」だけではない:対象は、学び直したい大人や、これから身を立てようとするすべての人です。
