有名な一節
孔子は、学ぶことと考えることの関係を、簡潔に説きました。
学びて思はざれば則ち罔(くら)し。思ひて学ばざれば則ち殆(あやふ)し。(為政第二・15章)
学んでも考えなければ、身につかない。考えても学ばなければ、危うい。どちらに偏っても、道は開けません。
学んで思わざれば
学ぶだけで考えなければ、知識は頭にたまるだけです。孔子は、それを「罔し」、つまり暗くて見えない状態だと言います。
いくら多くを覚えても、自分で考える力がなければ、使えません。暗記した言葉は、状況が変われば役に立ちません。学びを生きたものにするには、思考が要ります。
思ひて学ばざれば
逆に、学ばずに考えるだけなら、独りよがりになります。孔子は、それを「殆し」、つまり危ういと言います。
学ばずに自分の考えをこねるだけでは、偏り、誤りやすい。先人の知恵に触れず、自分の頭だけで結論を出すのは、危険です。
学びと思考の往復
孔子が求めたのは、学ぶことと考えることを、行き来することでした。
学ぶ。考えて、自分のものにする。また学ぶ。考える。この往復の中で、知識は知恵になります。
温故知新も、この往復の一つの形です。昔を学び、そこから新しい意味を考える。学びと思は、切り離せません。
行動へ
さらに孔子は、学びを行動に結びつけました。考えたことを行い、行いで確かめる。
学ぶ・考える・行う。三つを回し続けることが、孔子の学び方でした。学と思は、その中の二つで、行いによって確認されます。
誤解しやすい点
- 学だけ、思だけでもよいという誤解:孔子は両方を求めました
- 暗記が学びという誤解:学びは考えることで身につきます
- 独学が完全という誤解:先人に学ぶことが、思考を支えます
日常でどう使うか
本を読んだら、自分の言葉で言い直してみる。何かを考えるときは、それについて書かれたものを探して読む。
学びと思を往復させる習慣が、知識を使える知恵に変えます。どちらか一方に傾いたら、もう一方を補う。それが孔子の勧めです。